head
titlehome略歴表彰学協会等委員会歴主要編著書論文・解説コンピュータイメージフロンティア
| TOP | CIFシネマフリートーク | DVD/BD特典映像ガイド | 年間ベスト5&10 |
title
 
O plus E誌 2017年8月号掲載
 
その他の作品の短評
  (注:本映画時評の評点は,上からの順で,その中間にをつけています。)  
   
   『カーズ/クロスロード』:長編フルCG作品の老舗ピクサーの最新作で,御大ジョン・ラセター肝煎りシリーズの3作目である。最近勢いがなく,過去作品のシリーズ化ばかりなのが少し気になる。前作は同社作品のワースト1と思える駄作だったが,幼児向け玩具市場でのグッズ販売は好調のようだ。本作の監督には,新鋭ブライアン・フィーが起用されている。もはやCG技術的に特筆すべきものはないと思っていたが,冒頭から画調が変わったと感じた。細かな部分で高級感に満ちている。ボディの光沢,フロントグリルのデザイン,タイヤの挙動等々である。出色なのは浜辺の砂と水飛沫の表現だ。非舗装道路での砂塵,その他の樹木等の質感も素晴らしい。随所でエイジング処理が巧みだと感じた。物語は,もはやベテラン・レーサーになったマックィーンの挫折と新たな仲間に励まされての復活劇で,ほぼ予定調和の展開と結末だが,嫌味はなく,完成度は高い。
 『君はひとりじゃない』:ベルリン映画祭の銀熊賞受賞作のポーランド映画で,女性監督マウゴシュカ・シュモフスカがメガホンをとっている。妻/母を亡くしたことから,心に傷を負って日々いがみ合う父娘と,同じく子供を亡くし,霊能力のある女性セラピストが絡む物語だ。少なめのセリフの中に,過去の事件や現在の出来事の意味を込める描き方なので,隙がなく,字幕を迂闊に見逃せない。出演者に,摂食障害者でガリガリの女性をよくぞこんなに集めたものだと感心する。原題は「Body」のポーランド語だが,その意味するところは「肉体」なのか「死体」なのか,判然としなかった。邦題は劇中とエンディングで流れる名曲「You’ll Never Walk Alone」を直訳したものだが,これが主テーマである。ラストシーンでその意味を噛みしめることになる。この結末は全く予想できなかったが,印象的なラストであり,上手いオチの付け方だと感心した。
 『心が叫びたがっているんだ。』:2年前に公開されてヒットしたアニメ作品の実写映画化である。幼児期の出来事で失語症になった女子高生と彼女を気づかう男子高生が主人公の学園ドラマだ。クラス全体が地域向けイベントで初のミュージカルを演じるまでの過程を描いている。男女2人ずつ想いが交錯するラブストーリーと聞くと,通常は避けて通るのだが,題名通りなら感動の物語であると信じて足を運んだ。基本骨格は単純だが,演技も語り口も上々で,見入ってしまう。主演女優(芳根京子)が美形で,思わず見守りたくなり,男子学生(中島健人)に感情移入してしまうのが成功要因だろう。昨年秋からNHK朝ドラのヒロイン役だった若手女優だが,この髪形と笑顔だと,広瀬すずに似過ぎているのが,むしろ欠点だ。演技力もしっかりしているが,惜しむらくは,歌が下手過ぎる。全員の歌と踊りが本格的であったなら,クライマックスの舞台もさぞかし輝いたことだろう。これが邦画の限界なのか,少し残念だ。
 『ボン・ボヤージュ~家族旅行は大暴走~』:当短評欄の主流はインデペンデント系のヒューマンドラマであり,音楽・美術・舞踊等のドキュメンタリー作品がそれに続く。ところが,本作は徹底したギャグ中心の密室コメディだ。フランス映画で,パリから南仏への家族旅行がテーマで,ほぼ全編クルマの中での会話である。買ったばかりのハイテク仕様の真っ赤なワゴン車がすぐに故障し,ブレーキが作動せず,スピードが落ちない。しかも130km/hから160km/hへとアップし,高速道路上を猛スピードで突っ走る。徹底したオバカ映画だが,筆者はこの手の映画が大好きだ。普通の映画評点なら☆のところを,カースタントと組み合わせた点で星半分オマケだ。加えて,スタジオ内の撮影ではなく,本当にこの速度で走行して撮影したというから,その挑戦心にもう半分オマケだ。最後はどうやってこのクルマを止めるのか興味津々だったが,なるほどその手があったのか!
 『十年』:5人の若手監督が,香港の近未来像を短篇映画として描いたオムニバス形式の自主製作映画である。2015年の制作で,10年後の2025年の社会を危惧と風刺を交えて予測している。中央政府の封殺政策で国内他地域では上映禁止となったが,口コミで広まり,ヒットした話題作だ。もうそれだけで,政治的メッセージが強いことが分かる。各々は力作であるが,正直なところ日本人には実感が湧かない話題ばかりだ。比較的分かりやすいのは,第3話『方言』と第5話『地元産の卵』だろうか。ただし,この映画を通して,香港の知識人が中央政府の影響力の増大を危惧していることが痛切に感じられる。折からの香港返還20周年記念式典で,国家主席が「一国二制度の成功」を強調したが,誰もそれを信じていないことの傍証である。不愉快な隣大国の側面を垣間見ることができる問題提起作で,抹殺を怖れず,映像での表現を選んだ勇気に敬意を表したい。
 『海辺の生と死』:NHK番組で黒柳徹子の若い頃を演じてブレイクした満島ひかりの主演作だ。古風な美女役がよく似合う。最近,文学的評価が高まっている小説家の島尾敏雄・ミツ夫妻の出会いを描いた自伝小説の映画化で,昭和19年の奄美諸島の小島での代用教員と特攻隊隊長の恋を描いている。タッチは文芸調で,音楽も劣悪だが,映像は美しかった。この島に残る自然をカメラに収めておこうという意志が伝わってきた。その中で進行する,2人のぎこちない恋心の芽生えを後押ししたくなる。やがて死ぬ運命の特攻隊帳との恋の激しさ,行き場のない怒りを描いた中盤も悪くない。ところが,ここからが長過ぎる。クライマックスの狂気の一夜の後が問題だ。これは戦争の悲惨さではなく,喜劇として描いているとしか思えない。そもそもベニヤ板製の船で,原爆を造る国の戦艦に体当たりしようという歴史自体が,笑止の沙汰だ。満島ひかりの体当たり演技は,少し痛々しい。ただし,冷水で身を清める裸体シーンは,ごく自然に見られた。痩身で貧乳だが,ここで豊満な巨乳女優を起用していたら,もっと笑ってしまったことだろう。
 『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』:業務用ミキサーのセールスマンから,世界最大のハンバーガー・チェーンのオーナーに上り詰めたビジネスマンのサクセス・ストーリーである。時代は1954年,前半は52歳にしてファーストフード店の魅力に取り憑かれ,拡大路線を突っ走る男,レイ・クロック(マイケル・キートン)の痛快な物語が進行する。マクドナルド・ハンバーガーの味を思い出しつつ,これぞアメリカン・ドリームだと感心しながら,憧れをもって観てしまう。後半の創業者兄弟との確執,糟糠の妻との心のすれ違いは,ビジネスの拡大と共に遭遇する予想通りの展開である。エンドロールで流れる実在の人物の語りと後日談は映画以上に激しく,ここまでしなければ成功はないぞと諭すビジネス教本のようだ。憧れつつも,筆者には絶対に真似出来ないと感じた。私なら離婚は出来ないし,紳士協定も守ってしまうだろう。そう感じつつ,試写会帰りに,バニラ・シェイクを買って味わってしまった。
 『静かなる情熱 エミリ・ディキンスン』:19世紀後半に生きた米国の女流詩人エミリ・ディキンスンの生涯を描いた伝記映画である。富豪の娘で,生前には新聞紙上に10篇の詩を発表しただけで無名であったが,死後約1800篇もの優れた詩が発見され,徐々にその芸術的価値が評価されるようになったとのことだ。彼女は,マサチューセッツ州の小さな町アマストで,自然に包まれた屋敷からほとんど出ることはなく生涯を終えたが,本作は今も現存するディキンスン邸で撮影されている。主演のエミリー役は,『セックス・アンド・ザ・シティ』(08)で4人組の1人ミランダを演じたシンシア・ニクソン。監督・脚本は,テレンス・デイヴィス。芸術家肌で寡作の監督らしく,繊細かつ気品溢れるタッチだが,セリフの英語は分かりやすく,美しい。なるほど19世紀の上流階級の生活様式や会話はこうであったのかと納得させてくれる。世界各国の評論家筋の評価も高いようだ。しかしながら,評者はこの作品の価値を認めない。こんな気位が高く,狷介な人物は,口論部分を観ているだけで不愉快になる。その反面,劇中では20篇の詩が織り込まれているが,それ自体は感性豊かで,自らの「魂」を言語化する才能をある人物だと感じた。であれば,彼女の評価は詩だけに留めるべきであり,こうした映像作品で描く必要があるのかを疑問に感じた。
 『きっと,いい日が待っている』:ここから3本,欧州での実話ベースのドラマが続く。まずはデンマーク映画で,1960年代後半の少年養育施設が舞台で,後年発覚して社会問題となる体罰や過酷な強制労働を描いている。主人公は,母親が重病になり,施設に預けられることになった13歳のエリック(アルバト・ルズベク・リンハート)と10歳のエルマー(ハーラル・カイサー・ヘアマン)の兄弟で,共に映画初出演だ。先輩少年からのいじめや職員による虐待は目を覆うばかりだが,表題通りの結末を信じて,観客も忍耐強く見守るしかない。冷酷で独裁的な校長役はラース・ミケルセン。名優マッツ・ミケルセンの実兄である。兄弟を庇うハマーショイ先生は,同国の大女優ソフィー・グローベルが演じている。類型的な展開と結末だが,宇宙飛行士に憧れるエルマー少年の夢を中心に,アポロ11号の月面着陸に歓喜した時代の活気を見事に織り込んでいる。
 『夜明けの祈り』:上記とは相似形のようなドラマだ。1945年,第2次世界大戦終結後にソ連の支配下に置かれたポーランドの修道院での出来事である。悲劇の的となったのは,ソ連兵に陵辱され,妊娠してしまった7人の修道女たちで,信仰と出産という現実の中で苦悩する姿が痛々しい。シスターたちを支え,出産にも立ち会うのは,赤十字の医療活動で同国滞在中のフランス人女性医師マチルド(ルー・ドゥ・ラージュ)である。彼女の助言を拒み,外界からの隔絶を臨む厳格な修道院長(アガタ・クレシャ)なる存在も相似形だ。最も異なるのは,仏映画界を代表する女性監督アンヌ・フォンテーヌがメガホンを取り,実在の女性医務官マドレーヌ・ポーリアックをモデルとして,女性医師が悩める女性達を救う物語を力強く描いていることである。ただし,マチルドを演じるL・D・ラージュは,美形で現代的過ぎて,この時代には似合わないと感じた。
 『少女ファニーと運命の旅』:原題の直訳は「ファニーの旅」なのだが,「少女ファニー」で少しロマンチックな香りを感じる半面,「運命の」が付されていることで,シリアスな展開を想像してしまう。時代は1943年,主人公はナチス統治下のフランス在住のユダヤ人少女と聞くと,こちらも相当過酷な運命であると分かる。支援組織の援助で施設に住むユダヤ人の少年少女らが,引き離されてスイスに住む両親に会うため,決死の覚悟で国境越えを目指す物語である。途中で引率者とはぐれ,僅か13歳の健気なファニーがリーダーになり,ドイツ軍兵士の追跡からの逃避行は,かなり良くできたロードムービーであった。実在したファニー・ベン=アミの自伝が基と聞くと,一層この物語の味わいが深くなる。監督は,名匠ジャック・ドワイヨンを父に持つローラ・ドワイヨン。幼い妹2人を庇うファニーの振る舞いは,やはり女性監督ならでは演出だと感じた。
 『フェリシーと夢のトウシューズ』:シリアス系のドラマが続いた後は,同じフランス映画ながら,夢のあるCGアニメである。時代は19世紀末,ブルターニュ地方の施設に住む少女フェリシーは,バレリーナになることを夢見て,発明家志望の少年ヴィクターと共に施設を脱走し,花の都パリへと向かう。憧れのオペラ座に忍び込み,そこで出会った掃除婦のオデットにバレエの基本を教わりながら,舞台に立つことを目指す。その練習風景は,先月号掲載の『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』(16)と全く違う意味で,興味深かった。映像的には,最新のCGアニメの平均水準だが,特筆すべきものはない。その一方で,バレエを踊るフェリシーの動きが素晴らしい。それもそのはず,オペラ座バレエ団の芸術監督オレリー・デュポンが振付け指導したという。上昇志向と情熱が生むサクセス・ストーリーが心地よく,最近の無気力な若者達に見せたいと感じた。
 『海底47m』:さわやかなCGアニメの次は一転,海中の恐怖体験だ。B級パニック映画だが,これが結構楽しめる。夏のバカンスでメキシコのリゾート地に出かけた姉妹が,鉄製のケージに入り,魚なサメを眺める海中観光に出かける。不慮の事故でゲージが水深47m海底まで沈み,無線は不通,酸素不足となり,サメの恐怖と戦いながら脱出を試みるパニック・スリラーだ。勿論,鉄のゲージに迫り来るサメが本物である訳はなく,当然CGによる描写だ。一旦沈んでからは,ずっと海中シーンで,登場人物もほぼ姉妹2人だけである。なるべく酸素を消費しないよう,ゆっくり息をすべきというので,観賞する側も思わず息を殺して観てしまう。減圧症や窒素中毒など,潜水病に関する知識も得られて,少し勉強になる。まだ救出隊が来ないかと,90分が長く感じられる映画だが,単純な救出生還劇ではなく,終盤に一ひねりあるのがミソだ。
 『ハイドリヒを撃て! 「ナチの野獣」暗殺作戦』:この数年目立つナチスものだが,戦後の後日談や民衆レベルでのヒューマンドラマではなく,本作はナチス親衛隊とレジスタンス運動がまとも衝突する実話である。時代は1941年末から1942年前半,ドイツ帝国に編入されたチェコのプラハが舞台で,ナチス高官の暗殺計画「エンスラポイド作戦」の顛末が描かれている。英国政府と亡命チェコ政府の指令に受けてパラシュート降下した実行部隊の標的は,ナチス親衛隊大将のラインハルト・ハイドリヒだった。ヒトラー,ヒムラーに次ぐ高官で,ユダヤ人絶滅政策の立案者にして,「金髪の野獣」と呼ばれていた冷徹な実力者である。この暗殺計画は過去3度映画化されているが,約40年ぶりの本作では,プラハの古い街並みを生かした映像が極めてリアルだった。チーム内の意見対立,決行前の不安な表情の描写は緊迫感に溢れている。ナチスの容赦なき報復,終盤の大聖堂での壮絶な銃撃戦の演出も絶品だ。監督は,自ら撮影監督も兼ねる英国人のショーン・エリス。ほぼ史実に忠実な物語展開のようだが,若干のフィクションは2組の男女のラブストーリーだろうか。ナチス圧政下の緊張感溢れる作品中で,一服の清涼剤になっている。
 『ダイバージェントFINAL』:ヤングアダルト小説の映画化作品で,3部作の完結編である。前2作『ダイバージェント』(14)『ダイバージェントNEO』(15)以上のCG/VFX多用作であるのに,短評でしか紹介できなかった。SF映画らしい仕上がりなのに,それを代表するスチル写真が提供されないためである。人類を5つの派閥に分類した近未来の管理社会が舞台で,最終章はそこから脱出した主人公の異端者トリス(シャイリーン・ウッドリー)達が,透明な防護壁の向こうにある別の未来社会に潜入する物語となる。放射能汚染から身を守る防護服や宇宙船内のような実験施設,空中浮揚している様々な輸送手段等々,CG/VFXの出番は多いが,既視感だらけで,デザイン的な冒険は少ない。荒廃したシカゴの町もしかりだ。着想も展開も,ジェニファー・ローレンス主演の『ハンガー・ゲーム』シリーズと似ているが,やはり主演女優の魅力で負けている。
 『ギフト 僕がきみに残せるもの』:よくできたドキュメンタリー映画だ。NFLのスター選手スティーヴ・グリーソンは,引退後の2011年に不知の病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を宣告され,やがて生まれてくる息子のためにビデオを撮り始める。その後,様々な人々の支援を得て家族と共に過す映像記録が約1500時間に達する。それをクレイ・トゥイール監督が,111分の映画にまとめたものだ。実子に語りかける場面,妻ミシェルの献身的介護,グリーソン財団の活動内容など,中身も濃いが,編集が見事だ。延命治療技術の日進月歩に感心し,ホーキング博士の声に慣れた耳には,音声合成技術の進歩にも驚く。グリーソン氏は今も存命で,闘病中だが,やがて彼の命は絶えるだろう。勿論,我々は没入して観てしまうが,この映画を大人になって観た息子リヴァースは,何を感じるのだろう? 野次馬的な興味ではなく,彼の感想を聞いてみたいと感じた。
 『ブランカとギター弾き』:イタリア映画だが,舞台はフィリピンの首都マニラで,出演者はタガロク語を話す。監督・脚本は日本人写真家の長谷井宏紀という異色の組合わせだが,ヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画祭の全額出資を得て製作された長編第1作である。スラムに住む孤児の少女ブランカが主役で,路上で知り合った盲目のギター弾き老人のピーターとの心の触れ合い,彼女を慕う少年との擬似家族関係が主テーマである。わずか77分の単尺だが,スラムの様子や低所得者層の生活がきめ細かに描かれている。それでいて全く暗くはなく,全編カラフルで,力強く生きる人々を活写している。さすが写真家の目で見て選んだ光景だ。ブランカ役のサイデル・カブデロはYouTube映像から,ピーター初め主要登場人物の大半は実際に路上でスカウトされた人々である。本作の映画祭での上映数日後に,ピーターは亡くなったという。合掌。
 
 
  (上記の内,『海辺の生と死』『静かなる情熱…』『海底47m』『ハイドリヒを撃て!…』は,O plus E誌には非掲載です)  
  ()  
   
  Page Top  
  sen  
 
back index next